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映画館の記憶と伏見ミリオン座が新築移転オープン

先週に引き続いて平成を振り返らずに昭和を振り返ってのコラム

昭和の時代にシネコンは存在どころか言葉さえもありませんでした
でも名駅・栄・今池には映画館が集中して存在していて、当時はそんな繁華街で映画は見るものでした

上の3つ以外にも内田橋や柴田、伏見、川名(宮裏太陽)、堀田なんかに映画を見に行ってました
プレイガイドジャーナルというB6版(B5の半分でかなり小さい)の情報誌を毎号買って映画情報や音楽情報を調べてた思いが残っています
その当時はリクルートや角川書店はそんな情報誌を発行してませんでした

作品と映画館とを結びつけて覚えているのがいくつか
まず今池劇場で見た愛と哀しみのボレロ
今のようなロードショーではなく3本立てだったので3時間を超えるこの作品と他の2本(忘れました)を見終わった際には昼前から夜となり疲れました
でも感動巨編という言葉にふさわしいと感じ、以前に書いた映画ノートにびっしり感想を書いた記憶があります

名駅ので見たのが勝利への脱出
ロッキーやランボーで有名なシルベスター・スタローンやサッカーの神様ペレが出てました
当時はちょうどデジタル腕時計が安く手に入るようになりアナログの針の時計はダサく、みんなデジタル腕時計をしていた頃でした

なんでいきなり腕時計の事を書いたかというと、その当時のデジタル腕時計は毎正時にピピッと、毎30分にピッと鳴る機能が標準で付いていて映画館で一斉にそれが鳴り「迷惑だよなぁ」、と感じたのもセットで覚えているからです

映画はとても面白く、最後のクライマックスでは観客がほぼみんな拍手をしました
今でこそいい映画だと拍手が起きたりしますが、当時はそんな習慣が無かったにも関わらず期せずして沸き起こり、観客みんなと感動を共有してるという体験が強く記憶に刻まれました

3つめ
納屋橋劇場で見た遥かなる走路
これは今の松本白鸚、当時の市川染五郎主演のトヨタ自動車創立の実話映画でした
刈谷市の豊田自動織機の工場が手狭になり「挙母へ行こう」、馬に乗って工場予定地へ行くシーンがありました
今の豊田市、当時の挙母は馬で行かないと辿り着けないような場所だったんだなと感じました

で、この納屋橋劇場では悪夢のような体験をしました
全く知らなかったのですが、この映画館はいわゆるハッテン場だったらしく1割ほどしか客が入ってないのに隣に男が来て・・・
痴漢に遭った女性の気持ちが分かるショッキングな事でした




伏見駅から名古屋駅側に少し歩いた路地に再建された伏見ミリオン座が土地の定期借地契約が切れた事を契機に新築移転オープンです
元々ミリオン座は明治時代にオープンしています
名古屋市の人口が100万人をその頃に突破したのを記念にミリオン=100万、の名を冠しました

昭和58年に建物の老朽化で伏見ミリオン座は一旦無くなります
替わりに出来たのが名駅の裏の太閤通にゴールド劇場・シルバー劇場でよく映画を観に行きました
今は昨年開業した市道椿町線の拡幅で建物があった場所は道路になってしまってます

そして平成17年、再び伏見ミリオン座が復活再オープン
新海誠監督の秒速5センチメートルの封切り初日はここで観ました(愛知県で秒速5センチメートルを上映したのは伏見ミリオン座だけ)
伏見ミリオン座やゴールド劇場、シルバー劇場は大作や有名作より話題にはそんなになっていないけれど映画ファンに観て欲しい、そんな作品を供給してきました
何度か『個人的感想で名作!』、と評している運命じゃない人はゴールド劇場、シルバー劇場のどちらかで数回観ました

そして当初に書いたように定期借地契約満了で御園座の裏にあったミリオン座は閉館
新たに錦二丁目(今までが伏見駅の南西に位置していたのが今回は北東の方角)に新築移転オープン
今回の場所も大通りから入った場所となります

100年以上続いてきた伏見ミリオン座
その大手配給会社作品から焦点を外した上映作品を名古屋市民、愛知県民、東海地区の人たちに提供する姿勢は素晴らしいものだと感じています
元号が令和になっても、我々が存在していない22世紀になっても伏見ミリオン座のスクリーンに映画が上映されていることを願っています


文責   あいじょう不動産  たかぎ































































プロフィール

 7584の不動産屋さん

Author: 7584の不動産屋さん
売買や賃貸など7584(名古屋市)の不動産屋さんが綴る実践に役立つあれこれです


不動産とそれに関係することを週に1回程度で書いていきます

画像の車(いすゞ117クーペ)で物件調査しています

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